東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1070号 判決 1971年4月27日
被控訴人 霞ケ関信用組合
理由
一、被控訴組合が組合員に対する資金の貸付、手形割引その他の業務を営み、被控訴人林がその被用者であること、被控訴組合が昭和四一年二月二二日訴外永代産業株式会社(以下、永代産業という)の代表取締役と称する生田輝明の申込に応じて、永代産業に金六五〇万円を貸付けたが、その際、その貸金債権の担保として三菱地所株式会社株式四万株の株券(以下本件株券という)を預つたこと及び同年一〇月一九日右生田輝明の代理人たる訴外松本巌から右貸金の返済を受けて本件株券を右訴外人に交付したことはいずれも当事者間に争いがなく、また、被控訴人林が被控訴組合の業務として右金員の貸付、返済金の受領及び本件株券の返済事務を担当処理したことは《証拠》により認められ、なお、同年一〇月一九日当時本件株券につき控訴人がその株主であつたことは《証拠》に徴して明らかである。
よつて、被控訴人林が松本巌に本件株券を交付した行為が、控訴人の本件株券上の権利を喪失せしめたものとして不法行為を構成するか否かについて以下検討する。
二、まず、《証拠》を綜合すれば、次の事実すなわち、永代産業は、控訴人が有料駐車場の経営を目的として(後に事業目的を拡張)設立し、かつ、主宰する資本金一〇〇万円の小同族会社であるが、控訴人は訴外日本石油株式会社に勤務していた関係から、表面上永代産業の経営者の地位にあることを秘匿するために自ら役員の地位に就くことなく、形式上縁故者である訴外高橋威実を代表取締役に、また、遠縁に当る訴外山田洋夫を平取締役にそれぞれ就任させ、さらに前記訴外生田輝明を現場責任者に任命するとともに平取締役に就任させていたけれども、株主総会は開かれたことがなく、経営上の主要事項は、すべて控訴人が高橋及び山田の意見を徴し又は独断で決定し、生田には現場における駐車契約の締結、駐車料の取立、金銭の預入、払戻等の諸事務を担当させていたものであること、しかし、生田は別に訴外縄田玲子から資金の援助を得て永代サービス株式会社(以下、永代サービスという)を設立し、貸自動車業を営んでいたこと、本件株券は、控訴人が永代産業名義をもつて訴外三菱銀行丸の内支店から借入れた借受金の残金二二〇万円の担保として同支店に差入れておいたものであるところ、生田は予て知合の松本巌から永代サービス関係の借財の返済を迫られていたほか、永代サービスの運転資金に不足をきたしていたので、右松本と金策について協議した結果、控訴人に内密で、三菱銀行丸の内支店に対し前記永代産業名義の借受金残金を返済して同支店から本件株券の返還を受け、これを担保として被控訴組合岩本町支店から所要資金を借出すことを企て、生田において、偶々保管中の永代産業役員の職印を冒用して、高橋が永代産業の代表取締役を辞任し、自己が代表取締役に就任した旨の永代産業の役員変更の登記手続を了し、昭和四一年二月二二日、松本に調達してもらつた金二二〇万円をもつて右三菱信託銀行丸の内支店からの借受金を返済して、同銀行支店から本件株券を受取つた上、さらに松本の仲介により、自身永代産業の代表取締役であると称して被控訴組合岩本町支店との間に手形貸付、証書貸付等の継続的取引契約を締結し、右取引契約に基づく債務の担保として本件株券を提供(担保提供者名義は永代産業)して金六五〇万円を借受け、該借受金の一部を、被控訴組合に対する出資金、歩積預金、積立金等に宛て、残額を、松本に対する借財の決済及び永代サービスの運転資金に充てたこと、その際、被控訴組合岩本町支店に差入れた本件株券には、裏面に株主として控訴人の氏名が表示されており、また、譲渡証書が添付されていたが、同譲渡証書には控訴人が以前使用していたことのある寺田と刻した認印が押捺されていたので、被控訴組合岩本町支店の関係者は、本件株券については永代産業がその権利を有するものと信じていたものであつて、右貸付にあたつては、被控訴人林も被控訴組合岩本町支店の事務担当者として支店長とともにこれに関与したこと、ところが、右貸付金の利息の支払が滞つたため、被控訴組合岩本町支店では被控訴人林ら担当者において、屡々その支払方を督促したので、生田は同年一〇月一七日松本に右借受金の返済資金の調達及び返済事務の処理一切を委託してこれに必要な手続について代理権を授与した上、被控訴組合岩本町支店の担当者に電話をもつて松本に返済事務処理を委託した旨通知したこと、他方、松本は訴外遠山証券株式会社に本件株券の売付を委託して代金七一六万円でこれを売却した上、同月一九日右売却代金を携えた同会社の営業部員利根川恒男を同道して被控訴組合岩本町支店に赴き、永代産業の代理人と称して被控訴人林に対して借受金のうち金五二五万円を返済すべきことを申入れ、右同額の金員を被控訴人林に交付して一部弁済をし、被控訴人林から本件株券の返還を受けたこと、しかして本件株券の返還によつて残債務は無担保となるが、それには、ほぼ残債務額に見合う永代産業名義の歩積預金、積立金等の預金があつたので、特に担保を必要としなかつたこと(その後貸金残債権は右預金等の債権と相殺された)、以上の事実が認められる。《証拠》中以上の認定に牴触する部分(右甲第一号証及び証人生田の証言中の「生田は松本に対して被控訴組合に対する借受金返済に関する事務の委託を取消し、事前に被控訴組合岩本町支店にその旨電話で通知した」との部分をも含む)は採用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
三、右認定の経過に徴すると、被控訴人林が永代産業に対する被控訴組合の貸付金の担保として本件株券を受領し、また、松本巌に本件株券を返還したことは、たとえ前認定のとおり、生田輝明に本件株券の処分権限がなく、また松本に本件株券の受領権限がなかつたものとしても、他に特段の事情がないかぎり、被控訴人林のなんらかの過失によるものとすることはできない。けだし、昭和四一年法律第八三号による改正前の商法のもとにおいては、記名株式の譲渡は、株券の裏書により又は株券及びこれに株主として表示された者の署名のある譲渡証書の交付によるべきものであつたが、取引の実際においては、譲渡証書による場合には、譲渡証書の用紙中譲渡人の記名押印欄に印章が押捺されておれば、記名は取得者が何時でも補充し得る関係上、認印だけを押捺した譲渡証書を株券に添付することによつて所定の要件を充すものとして株式の譲渡が行われていたことが当裁判所に顕著であるところ、《証拠》によれば、先に認定したように本件株券に添付された譲渡証書には寺田と刻した認印が押捺されていたことが明かである以上、被控訴人林において生田から本件株券の交付を受け、また、松本に本件株券を返還するにあたり、控訴人に対し意思確認の手段を講じなかつたとしても、同被控訴人に過失があつたとすることはできないからである。しかして、他に被控訴人林に過失があつたとすべき特段の事情は、本件に顕われたすべての資料によつても、これを認めることができない。また、同被控訴人の過失責任が認められない以上、これを前提とする被控訴組合の不法行為責任もまた成立する余地はない。なお、被控訴組合岩本町支店としては、永代産業の代表者と称する生田から本件株券を債権担保の趣旨で預つていたものであるから、担保の必要が消滅した以上、これを生田ないしその代理人に返還するのは当然のこととも言うことができるのであつて、右返還の行為を目して被控訴人林又は被控訴組合に不法行為責任ありとなし得ないことは、右の点からも明かである。
四、よつて、控訴人の本訴請求を排斥した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項の規定により本件控訴を棄却
(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 石田実 裁判官麻上正信は転補のため署名押印することができない。)